Web2.0(笑)の広告学「私をスーパーボウルに連れてって」〜ちゃっかりマーケティングの鉄則

2007年2月5日 須田 伸

 ニュースで話題になっていることを広告プロモーションにうまく取り込んで生かすというのは、企画会議などで「今朝のテレビでやってたあの話に乗れないか」といったように、よくアイデアとして出る手法です。

 しかし、実際に広告プロモーションに仕立て上げるのには時間がかかる。なので「プロモーションする頃にはニュースとしての賞味期限が切れてるんじゃないか」と、見送りになることが一般的です。

 世の中で既に話題になっていることに乗るのに必要なスピードと、広告を制作するスピードには、大きなギャップが存在するのです。

 たとえば通常のテレビCMの制作だと、企画を作って、クライアントにプレゼンテーションして、演出プランを作って、またプレゼンテーションして、撮影して、編集して、音楽とナレーションをつけて、完成した作品をテレビ局に届ける、という一連の作業が発生します。

 この一連の作業をきちんとやっている間に「一番旬なニュース」は、いつのまにか「あ、そんな出来事もあったね」になってしまう。パーティがお開きになった後で、全身ギラギラに着飾ってやってきた「カン違い野郎」として笑われてしまうのが関の山じゃないの、ということで見送られてきたわけです。

 ところが、インターネットが一般化した今日、うまくいけば、あっという間に企画を実行してしまうことも可能になってきており、「ホットニュースが冷めないうちに」プロモーションに取り込む事例も出始めています。

 さて、日本時間で本日(2月5日)の午前に、マイアミで米国最大のスポーツイベント、「スーパーボウル」が開催されます。

「デートしてあげるから、スーパーボウルに連れてって」

 ここで登場するのが、カリフォルニア州ブレントウッド在住の女性、サラ・スペインさん。イリノイ州シカゴの郊外レイクフォレストの出身で、今年のスーパーボウル出場チームであるシカゴ・ベアーズの大ファンです。

 彼女は、多くの同年代のアメリカ人がそうしているように、全米最大のSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)「MySpace」に登録していて、彼女のMySpace上のページでは、自分が若くて魅力的で大のベアーズファンであることを数多くの写真とコメントでアピールしています。

 プレーオフでベアーズが、ニューオリンズ・セインツを破ってマイアミで開催されるスーパーボウルへの出場を決めた直後に、サラさんはインターネットでホテルと飛行機を予約して、試合を見に行くと決意しました。しかし肝心の入場チケットはありません。

 そこでネットを使った大胆な手に打って出ました。

 アメリカ最大のオークションサイトeBayで「スーパーボウルのチケットを2枚持っている人が、マイアミの試合会場で私とデートできる権利」をオークションにかけたのです。

 彼女の「出品」はたちまちネット上で話題になり、入札額がどんどん高騰していきました。しかし、その金額が9億9900万ドル(約1200億円)といった馬鹿げた額になったところで、eBayによって「自分自身をオークションするような行為は認めていない」という理由で出品自体が削除されてしまったのです。

 熱狂的ベアーズファン女性の野望もここまでか、と思われたわけですが、このニュースに目をつけたのが、ユニリーバの男性用ボディスプレー「Axe」です。

 「これは使える」と判断した同社は、すぐさま連番4枚のスーパーボウルのチケット(しかもエンドゾーン近くの良席)をオンラインブローカーから購入したのです。

 そして、サラとサラの女友達2人の3人を招待するとオファーしました。

 ちょっとしたことですが、こうしたAxeからサラへの素早いコンタクトも、MySpaceのようなサービスがなければ、手続きに時間がかかって難しかったのではないかと思います。

 これで4枚のチケットの中の3枚は使い道が決まりました。

 Axeは、サラの了解のもと、最後の1枚のチケットを使って、「自分こそがサラとデートするにふさわしいシカゴベアーズファン」というアピールメールを、フリーメールのhotmailのアドレス「hotsuperbowldate@hotmail.com」に送った男性の中から、サラに選ばれた人に授与されるという企画に仕立て上げたのです。

 この原稿を書いている時点では、何人が応募して、誰が選ばれたのか、明らかになっていませんが、アメリカのあちこちのニュースサイトやブログで話題になっています。

 Axeはうまくこの騒動に乗っかって、その「やんちゃな商品ブランド」をあらためて広めることに成功したと言えるでしょう。

 なにしろAxeは日本では発売されていませんが、アメリカでは「これをスプレーすれば、たちまち女性にモテモテ」という実に単純明快なブランドパーソナリティで知られた商品だからです。

 この一連のサラの行動も含めて、この騒動に乗っかろうというAxeの戦略に対し眉をひそめる人は、これを読んでいただいている読者の皆様の中にも、そしてアメリカにも、決して少なくないはずです。

 しかしAxeは、そもそも同様の非難を、これまでも常にうけるようなプロモーションをしてきたわけで、痛くも痒くもないのです。

 ここに今回のAxeの「ちゃっかりマーケティング」から学ぶべき教訓があります。

3つの鉄則

 「Axeはうまくやったなぁ。ウチも機会があれば是非、やってみたい」そんなふうに思った方もいるかもしれませんが、「ちゃっかりマーケティング」の成功には条件がいくつかあります。

ちゃっかりマーケティング成功鉄則その1:スピーディかつタイムリーに行動できること

 ベアーズのスーパーボウル出場を決めた瞬間にマイアミへの航空券とホテルを予約したサラさん。そして、彼女のeBayでの「出品」が削除されたことを知ってすぐに、ブローカーから4枚の連番チケットを入手したAxe。さらにMySpaceに「Superbowldate」というアカウントを作成してすぐさま告知したこと。

 スピードが遅かったら成立しない手法です。

 「実行する」と決めたら、とにかく俊敏にフットワークよく動くこと。
 それが第1の鉄則です。

ちゃっかりマーケティング成功鉄則その2:悪ノリにふさわしい商品であること

 話題になっても、それが商品や企業にとっての「プラス」にならなければ意味がありません。世の中の話題に乗っかる行為は「売名行為」として非難されることも覚悟しなければなりません(実際にそれが目的なわけですから)。まず、自社の商品が「悪ノリ」にふさわしいプロダクトであることを確認すべきです。

 今回は「まぁ、Axeならいかにもやりそうなことだなぁ」と思ってもらえるブランドイメージがあったからこそ、うまくいったのだと思います。

 優等生がいきなり錯乱してしまったかに受け取られたのでは大きなマイナスです。
 自分を鏡に映して「オフザケ」が似合うかどうか判断すること。
 それが第2の鉄則です。

ちゃっかりマーケティング成功鉄則その3:ニュースの「軽さ」を正しくジャッジすること

 あなたの商品がオフザケに合ったイメージを持っていて、ちゃっかり乗るのに必要なスピードを会社が兼ね備えていても、3つめの条件、「乗っていいニュースかそうでないか」の判断は一番重要です。

 たとえAxeのようなブランドであっても、環境問題、人種問題、貧困問題といった「ヘビーなニュース」に乗ろうとしては、押しつぶされるのがオチです。

 スーパーボウルという1年に1度の「お祭り」にまつわる騒動だから、「踊る阿呆に見る阿呆」ということで、多少の羽目はずしも許されるだろう、というバランス感覚にもとづく判断をAxeの今回のプロモーションの責任者はしたと想像します。

 そのブランドが「抱えられるニュース」か「抱えられないニュース」か、を見極める目を持つ。
 これが第3の鉄則です。

いつでも乗れる準備をしておく

 今回紹介したような「プロモーションとして乗っかるのに向いたニュース」は、なかなか存在せず、常に入荷待ちなのが、現実です。

 しかし、そんなニュースが入荷したら、すぐに手をあげて実行できるフットワークを鍛えておく。

 「ちゃっかりマーケティング」を実施するには必要な準備です。
 もちろん、運も必要ですが、運が向いたときに行動できるかどうかは準備次第です。

 具体的には、「すぐさま決裁可能な一定金額の予算」であり「シンプルな意思決定のプロセス」であり「最後まで責任もって実行する担当者の存在」などでしょう。

 「ちゃっかりマーケティング」に向いている商品やサービスをお持ちの方は、用意しておかれてはいかがでしょう。

 くれぐれもご利用は計画的に。