Web2.0(笑)の広告学「超鼻セレブ」と「不都合な真実」に学ぶ
2007年2月20日 須田 伸
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070216/119263/
今年は世界的な暖冬で、稼働できないスキー場があったり、一方でビールが売れたりと、各所にさまざまな影響を引き起こしていますが、花粉症の私としては、スギ花粉の飛散開始が例年よりも早いということが非常に気になっています。
そんな中、インターネットで3000セット限定発売されたネピアの高級ティッシュペーパー「超鼻セレブ」が、2箱セット3000円という価格ながら即日完売したというニュースを大勢のブロガーが話題にしており、この値付けがクチコミ戦略だったのかどうかは不明ですが、そのバイラル効果にすっかり感心してしまいました。
鼻をかむことがイベントになる商品
冬の終わりから春に飛散するスギ花粉が引き起こすアレルギー反応、いわゆる花粉症に悩む人にとって、鼻のかみすぎで鼻が真っ赤になるというのは、なんとも辛いことであり、屈辱的ですらあります。
普段はティッシュペーパーの選択に際して紙質よりも価格の安さを優先する人でも、スギ花粉の飛散するこの時期だけは、多少高くとも鼻にやさしいティッシュにしたいという気持ちになろうというものです。
とはいえ1箱あたり1500円というのは、ビックリの値段です。渋谷の会社近くのドラッグストアで売っていても、ちょっと手が出ないだろうと思います。
しかし、ずっとこの価格のティッシュを買い続けるのは現実的ではないとしても、スギ花粉という辛いシーズンを少しでも楽しく、ポジティブに迎えるための「キックオフイベント」として、この超鼻セレブをとらえてみると、必ずしも高くはないかもしれません。
また超鼻セレブの価格設定がもう少し低くて常識の範囲内であったなら、逆に即日完売することも、これほどまでに話題になることもなかったように思います。
フツーでは非日常イベントにならないし、ニュースにもならないからです。
常識を超えた驚きがあるからこそ、イベントであり、ニュース価値があるのです。
買わなくてもネタにできる強さ
しかもブログやSNSなどで情報発信力を持った消費者がこうしたイベントやニュースに触れると、今度は自らが中継メディアとしてその情報をさらに広げていきます。
自分のブログに書く、SNSの日記に書く、メッセンジャーやメールで花粉症の友だちに教える、などさまざま々な手段で拡散させていきます。
また実際に超鼻セレブをブログで話題にしている人を見ると「買いました! 商品到着が楽しみです」という記事はあまり見あたらず、私も含めて実際には買えなかった人や完売後に他の人のブログやニュースを見て知った人が「すごいですねぇ。1回鼻をかんだら10円になるそうですよ」といった記事を書いているのがほとんどです。
ブログで話題の超鼻セレブは売り切れで買えなかったけれど、通常品の鼻セレブを試しに1つ買ってみるか、そんな人もきっといるでしょう。各社から出ている高級ティッシュを買い揃えて、「高級ティッシュ使用実感テスト」を実施してブログにあげる人が出てきても不思議ではありません。職場や学校で鼻を赤くしている人をみたら「駅前でタダで配ってるティッシュじゃなくて、鼻セレブ使いなよ」とアドバイスしたり、プレゼントする人も出てくるかもしれません。
「鼻をかむ」という行為の身体性とライブイベント
最近よく感じるのが、インターネットでたいていの情報が手に入る時代だからこそ、「実体がある」「リアルである」「ライブ感がある」といった要素が重要になってきているということです。
ネット上で流通する情報の膨大化を見ていると、今後はあらゆる情報がデジタル化されてデータベースに格納されるかに思えますが、実際にはそうならないと思います。
例えば、触感であり、匂いであり、空気感であり、同時体験性などは、データーベース化が難しい「情報」です。人間が肉体によって感じる情報、とりわけ非言語的な体験は、デジタル化されにくい。
「鼻をかむ」という身体行為が持つ情報を、言語化することや、データベース化することは簡単ではないでしょう。
さらに超鼻セレブの特徴である「3枚重ねにした柔らかさ」「保湿成分を配合したうるおい感」「アロマオイルを染み込ませたぜいたくな香り」などは、実際に手にとって鼻をかんでみないと分からない、というのが正直なところではないでしょうか。
そんなリアルな体験をしないことにはなかなか実感できないことと、2箱セット3000円という価格の非日常性が掛け算になり、非日常イベントとしてニュースになったと思うのです。
バーチャルにさまざまなことが体験できるからこそ、リアルな体験が重要になっているというのはビジネスにおいても同様です。たとえば、インターネットやテレビ電話会議によって減った出張もあると思うのですが、その一方で、「直接会う」「手を伸ばせば触れることができる同じ空間に同じ時間に存在する」「いっしょにお茶を飲む」といったことの重要性が高まっているのもまた事実ではないでしょうか。
インターネットとテレビ電話会議で出張がゼロになるとは思えません。
インターネットで、距離を超えて、時間を超えて、パソコンからケータイから、さまざまな情報にアクセスできるようになったからこそ、「ライブイベント」や「現場」「同時体験」の価値が上がっているのではないでしょうか。
アル・ゴア前アメリカ副大統領の講演を映画にした「不都合な真実」
現在連日の満員で公開劇場が拡大している映画が「不都合な真実」です。この映画は、アル・ゴア前アメリカ副大統領が、世界中で1000回を超える回数実施している地球温暖化に関する講演を映画化したものです。
ドキュメンタリー映画とも言えるのですが、通常のドキュメンタリー映画と違うのは、講演の模様を撮影して映像化しているので、映画を見ているというよりも、アル・ゴア氏の講演会場にいるような気分に近いということです。
この映画には不思議な「ライブ感」があります。
おそらくゴア氏の講演会場に行けばさらに濃密な「ライブ体験」が得られるわけですが、実際に1回あたりの集客人数とゴア氏の講演スケジュールから考えれば、効率的とは言えません。
そこで映画化することで、より多くの人にリーチするようにしたということです。
地球環境の問題は、21世紀を生きる我々にとって避けることのできない課題であり、ライフスタイルの変更も含めて、より多くの人が態度や行動を変えなければならない。
商業広告とは違うかもしれませんが、メッセージを伝えて、アクションを誘引して、さらに周囲に広げていくという「広告的発想」が必要とされています。
そんな環境問題において、ゴア氏がとったライブイベントという手法と、それを映画にして上映するというアイデアは注目すべきです。
ゴア氏はクリントン政権時に、情報スーパーハイウェイ計画を打ち出した人物であり、現在はアップルの取締役会のメンバーであり、グーグルの上級顧問を務めるほど、情報ネットワークやインターネットに精通した政治家でありながら、地道な講演という手法を温暖化問題に関しては採っているのです。
映画「不都合な真実」は、アメリカ国内において当初77館という小規模の公開からスタートしたものの、その後600館にまで拡大し、ドキュメンタリー映画として記録的なヒット作品になり、今年のアカデミー賞2部門にノミネートされています。
ネットで伝えられないものと、ネットによる増幅の関係
インターネットはクリックひとつで、世界中の情報に自宅から一歩も外に出ずにアクセスできる便利なツールです。
また情報にアクセスするだけでなく、情報発信も同様に簡単にできます。
だからこそ、「実感」や「リアルさ」に欠けてしまうこともしばしばあります。
そんなネットが得意としない部分は、実はネットと結びつくことで掛け算になって広がっていきます。
「超鼻セレブ」や「不都合な真実」のクチコミ伝播力は、そのことを物語っています。
遠い将来において、インターネットを通じて、さまざまな五感を伝えることができるようになるかもしれません。
しかし人間の知覚の多くは、言語化されない非言語情報であり感覚です。
ですから今後も、リアルな接触という体験の価値はむしろ上がっていくと思います。
ネットだけでは不可能なリアルな体験をした人が、もしくは体験しそこなった人たちが、その情報をネットを使って広めてくれるのです。
その増幅関係は、今後の「広告」のキーワードの1つになるような気がします。