Web2.0(笑)の広告学 クチコミの担い手はあなたの隣に 〜インフルエンサー・マーケティングとしてのインナー・ブランディング

2007年1月30日 須田 伸
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070126/117743/

 「クチコミ広告の強力な手法はないのか」「インフルエンサーをどうつかまえるか、だよね」。なるほど。ところで、自分の会社や作っている商品の話を友達や家族とすることって、普通にありませんか?

社外と社内のブリッジは、社員である

 「インフルエンサーマーケティング」という言葉が流行って久しいです。ご存じのとおり、ターゲットを絞って影響力のある人にメッセージを発信して、彼らを通じて大勢の人に広げていくコミュニケーションの方法を指す言葉です。多くの場合、「インフルエンサー」とは、メディア関係者であったり、著名人だったり、最近では有力ブロガーなどを指します。もちろん企業や商品、業界によって、さまざまなインフルエンサーが存在します。その中でもついつい見落としがちな重要なインフルエンサーが、その企業の従業員です。

 社外へのコミュニケーションの「ブリッジ」として社内でのコミュニケーション活動を見直してみると、いろいろな変化が出てきます。

 とりわけ多くの社員がブログを書いていたり、SNSで活発に発言をするようになっている現在、社内における「インナー・ブランディング」は、企業文化や商品・サービスを社会へ広げていくうえでの重要なゲートウェイになるはずです。

 もちろんオンライン上での発言だけでなく、取引先の人たち、家族や友人、出身校の先輩や後輩たちとのリアルなコミュニケーション機会での「うちの会社ってこうなんだよね。こんなサービスがあってね」といった何気ない言葉も、徐々に伝播していきます。

 下手をすれば社外秘情報の漏洩というリスクと表裏一体な部分もありますから、慎重に考えなければならないのですが、無視することのできない重要なコミュニケーション回路であることは事実です。

 この連載ではあまり自分の直接の仕事については書いてこなかったのですが、今回は私が、サイバーエージェントで関わってきたインフルエンサーマーケティングとしてのインナー・ブランディングのことを、少しご紹介しようと思います。

赤いロゴから緑のアメーバに

 もう5年以上前ですが、私がサイバーエージェントへやってきて、最初に手がけた仕事の1つが、会社のシンボルであるロゴマークを新しくすることでした。

 「サイバーエージェント」という会社の知名度やブランドイメージを高めていきたいものの、マスメディアで大々的に広告を展開するような予算はない。

 そこで、組織の中にいる人、つまり社員やアルバイトといった人々を介して、会社のブランドを広げていく、そんなコミュニケーションの「きっかけ」になるロゴマークをつくろう、ということになりました。

 ただし、単純にカッコいい、あるいはとんがったロゴマークを作ればいい…わけではありません。実際の企業文化とかけ離れたものではなく、会社にある雰囲気、風土から自然と生まれてきた、文脈、ストーリーを持ち、なおかつインパクトを持つものであることが重要でした。

 「仕事を通じて自らの可能性のかぎり成長したい」という空気が満ちているサイバーエージェントの風土から「アメーバ」というコンセプトが生まれたのです。

とはいえ、従来のロゴは赤色で「CyberAgent」の「C」「A」をかたどったもの。

そこからいきなり緑色の、ヘンテコな形のロゴになったわけですから、誰もが驚いたようです。

 「アメーバのように、自由に、大きく、成長していこう、ということです」と説明をつけて社内で発表したのですが、最初は「アメーバって、なんかネバネバしてるみたいで気持ち悪い」と思った人も少なからずいました。

 そのかわり「なんだか普通だな」と思った社員は少なく、「好き」にしろ「嫌い」にしろ無視はできない、会話の中で自然と話題になる、コミュニケーションの「きっかけ」としての役割は目論見どおり最初から果たしてくれました。

 新しいロゴの案はほかにもいくつもあったのですが、正直、一番実現性が低いかなと思っていたのがアメーバ案でした。やはりインパクトが強いだけに、選択するには勇気がいるからです。

 ただこれはその後のさまざまな制作物においてもそうだったのですが、組織のトップである社長の藤田(晋)の「これがいい。これでいこう」という明快な決断があったからこそ可能になったものでした。デザインの選択においては合議制で大勢の意見を取り入れていくよりも、トップが決断したほうが確実に強いものになります。

 こうして社名とロゴは「アメーバのように成長する」というコンセプトも含め徐々に浸透していったのです。

インターネットの会社なのに「紙」にこだわる

 ロゴを変えて数年がたち、インターネット業界の成長に合わせて、会社の規模も知名度も上がってきた頃、「最近、入社してくる人の中には、サイバーエージェントベンチャーではなく、大企業に入ったように思っている人がいる。もう一度、原点を確かめるものをつくれないか?」と藤田に相談されてつくったのが、行動規範の書、「maxims」です。

 8カ条あるのですが、そこで語られていることは、すなわち「ベンチャースピリットを忘れるなかれ」ということです。完成した「maxims」は、インターネットやイントラネットに公開して社員に見てもらうという、いかにもインターネット企業らしい方法はとりませんでした。

 あえて、紙にこだわり、手に取れるものにしました。

 サイズも常に携帯できるサイズにということで、社員が持ち歩くセキュリティカードホルダーに収納可能なサイズの豆本にしました。

 多くの情報がメールやメッセンジャーで飛び交い、イントラネットで閲覧するようになっている会社だからこそ、印刷された豆本というのは目立ちます。

 それに加えて、人に見せたくなるデザインであることも重要でした。

 アメーバのロゴを開発する時から大きく関わってきてくれているデザインユニット「BloodTube」が、maxims制作においても力を貸してくれました。

 当初は豆本としてだけ配布したmaximsですが、現在ではネット上でも公開しています。全文を読んでみたいという方は、サイバーエージェントのホームページでご覧ください(こちらから)。

 多くの社員がこのmaximsを、定期的に読み返し、さらに自分のブログやSNSの日記で紹介しています。

 ネットの会社なのに、あえて紙でつくったことで、社内で話題になり、さらにネットで広がっていく。そんなサイクルが生まれたのです。

逆さ文字でトイレ・コミュニケーション

 maximsが「ベンチャースピリットを忘れるな」というメッセージを社員に伝えるためのツールであった一方で、企業のモラルが問われる事件が相次いで発生したことを受けて「会社のルール」を定めたのが「ミッションステートメント」です。

 これをどうやって広げていくか。
 「ルールを守ろう」と言うだけでは単なるお題目です。
 やはり伝える方法にクリエイティビティが求められます。

 豆本という手法はmaximsで使っていますから、社内から「また同じ手かよ」と言われるのはなんとしても避けたい。

 考えたコミュニケーションの場所は「トイレ」です。
 トイレの壁に社員に向けてメッセージを書くことにしました。

 しかし「トイレの壁なんてまるで質の低い落書きじゃないか」という反応も容易に想像できるわけで、ここでクリエイティブとしてのアイデアが必要でした。

 それはトイレの鏡の反対側の壁に逆さ文字で描くことで、直接見ても読めない文字が、鏡に映る自分と一緒に見えるメッセージにするということでした。

トイレの鏡の反対側の壁に逆さ文字で描く社員に向けてのメッセージ

 自分自身を見つめる時に、会社からのルールをあらためて確認してほしい。

 そんな思いから生まれたアイデアです。

 「ミッションステートメント」も現在はネット上で全文を公開しています(ただし鏡に映さなくても読める普通の文字です)。こちらです。

 サイバーエージェント社員の名刺にも「コミュニケーションツール」としての工夫が施されています。

 社外の方との初対面の挨拶で欠かせないのが「名刺交換」ですから、ここでコミュニケーションブリッジとしての役割を担えるものにしようと設計しました。

 名刺の片面には、社員名や役職、会社の住所、電話番号、メールアドレスといった必要な情報がすべて記載されています。

 そしてもう1面は5組の著名なクリエーターによる作品が5パターン用意されており、社員は好みのデザインを1つチョイスして持つことができるのです。

 5組のクリエーターは、前述のBloodTubeに加えて、秋山具義さん、武田双雲さん、NIGOさん、箭内道彦さんです。
BloodTube、秋山具義さん、武田双雲さん、NIGOさん、箭内道彦さんによる5パターン用意された名詞

 社員に対して「会社の名刺でこんな自由にやっちゃっていいんだ」ということで、仕事においても創造性を発揮してほしいというメッセージと、「面白い会社だな」と名刺を受け取った社外の方にも感じてもらう、そんなコミュニケーションツールとして設計したのです。
アメーバに目がついて、ブログに。化粧まわしに。ビルボード

 サイバーエージェントが、ブログサービスに本格参入する時に、アメーバはコンセプトから「名称」として表に飛び出していくことになりました。

 具体的には、アメーバロゴに目がついて「人格」を持ったのです。

 アメーバブログ、通称アメブロは、国内屈指のブログサービスとして現在も利用者を増やしています。それと同時にコンセプトとして裏方だった「アメーバ」がいつしか世の中に拡大しているのです。

 アメーバロゴから生まれたキャラクター「アメーバくん」は、日本の国技である相撲において「ブログ力士」として知られる普天王関の化粧まわしに、しこを踏む姿で登場しています。

アメーバロゴから生まれたキャラクター「アメーバくん」は普天王関の化粧まわしに

 サイバーエージェントの「地元」である渋谷においては、駅構内のビルボードで、女子高生にケータイでも使えるアメブロをおすすめしています。
駅構内のビルボードで、女子高生にケータイでも使えるアメブロをおすすめ

 すべては、緑のロゴの「インナー・ブランディング」から始まったのです。インナーブランディングが社内に浸透して、社外でも知られるようになり、やがて一般サービスになり、さらに広がっているのです。

 これも「アメーバ」というものが、どこかからの借り物や、無理矢理つくったものではない、会社の風土を見つめる中から生まれたものだからこそ、長く使えるし、広がっているのだろうと考えています。

 「インナー・ブランディング」の具体的な方法は、それぞれの会社によって異なるはずです。なので、サイバーエージェントで実施した方法がそのまま当てはまる会社というのも存在しないでしょう。

 ただ人が集まって「会社」という集団をつくる時に、そこには不思議な人と人が引き起こす「化学反応」によって独特のカルチャーのようなものが生まれます。

 インナーブランディングは、そこを起点に設計することで、社員というインフルエンサーを通じて、社内からやがて社外へと広がっていくのだと思います。