【ヒットの“共犯者”に聞く】 映画「時かけ」の場合I 角川書店・マッドハウスプロデューサーインタビュー その1

2006年12月6日 水曜日 山中 浩之
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20061201/114745/?ST=nboprint

 夏に公開されたのに、冬を迎えても観客動員が続いている映画、「時をかける少女」。通称「時かけ」。12月23日からは地方公開一巡を受けて「凱旋ロードショー」が東京で行われる(恵比寿ガーデンシネマ)。原田知世主演の大林監督作品を知らない世代も、NHK少年ドラマシリーズを知らない世代も、映画館に足を運んでいる。

 第39回シッチェス国際映画祭最優秀長編アニメーション賞、第11回アニメーション神戸・作品賞(劇場部門)など、すでに評価は確立しているが、この映画、面白いのは中身だけではない。

 個人的な話になるが、周囲の人たちの騒ぎ方や、人気の盛り上がり方が興味深かったのだ。まず身近にいる30〜40代の男性層から火がつきはじめ、続いてもう少し上の、アニメなど眼中にないと思っていた五十路間近の先輩からも「妻と見に行った。あれは面白い」と言われ、一方では、女の子たちが友達や彼氏と、さらに主婦が小学生の子供を連れて…と、世代・性別を選ばず、クチコミを介し、あるいはブログをトリガーに広がっていく。ネット上のコミュニティが日本公開のきっかけになった「ホテル・ルワンダ」の先例はあるが、特に先導するグループがなく観客が広がっていった点では、初めての例かもしれない。

 「時かけ」は、当初の上映は東京ではテアトル新宿1館のみ、全国でも6館。噂を聞いて最初に映画館に行った人々が、満員札止めをくらい、それがまたブログなどで広がり、「見たいけれど見られない」映画としてますますクチコミ人気に拍車を掛けた。

 その後もテアトル新宿では、異例の5週連続右肩上がりの入場者数を記録し、現在、全国の上映館は延べ60館を越えた。最終的には100館を越える見通しだという。

 一方で、「時かけ」は、大林宣彦監督の映画以降も繰り返し映像化され、モーニング娘。もテレビで演じたメジャータイトルでもある。これをあえて単館系でこじんまりと公開したことに、素朴な疑問も感じる。今の人気を考えると、大宣伝を打って全国公開してもよかったのではないか。それとも、あえてクチコミで広がった作品、という売れ方を狙ったのだろうか。

 この展開はどこまで計算づくだったのか?
 そして、なぜその素材が「時かけ」だったのか?

 というわけで、この作品のプロデューサーである、角川書店渡邊隆史氏とアニメ制作会社マッドハウスの齋藤優一郎氏に、平成「時かけ」が何を狙い、どう仕掛けたのか、お話を伺ってきた。

 事前に言い訳をさせていただくと、プロデューサーのどこが「共犯者」なんだ?と訝しむ方がおられると思う。正犯もいいところじゃないか、と。おっしゃるとおり。本企画は「主犯の意図に共感し、巻き込まれる」形で「本来そこまでやらなくてもいいのに、やっちゃった」人々へのインタビューを目的としている。プロデューサーなら頑張って当たり前…だが、できればそこは目をつぶってお読み頂きたい。話を聞く限り、彼らはまさしく「ヒットの共犯者」だと、私には思える。

 インタビュアーは私、日経ビジネスオンラインの山中浩之と、本作品の監督、細田守にかねて注目し、「『時かけ』は見にいかなきゃダメですよ」と私を焚きつけてくださったライター、波多野絵理(こんな記事も書いてます)。写真は大槻純一君にお願いした。


−− 今(11月初旬)は上映館、かなり増えたんですか?

渡邊 11月11日(土)現在ですと、北海道のディノスシネマ、シネマアイリス、シネマ太陽帯広、東京のシネマート六本木、滋賀県の滋賀会館シネマホール、山口県のMOVIX周南、沖縄のMIHAMA7PLEXぐらいでしょうか。

−− 日本中で今現在「時をかける少女」が見られる映画館の数ってことですよね。まだそんなものなんですか。

齋藤 フィルムをどんどん回していて、1館で上映が終わったら回収。それで次(の映画館)に回すという。来週(11月18日)になると、長野県や大阪、和歌山県、福岡県でも始まります。

フィルムは全部で14本です

渡邊 フィルム自体は、一番初めに13本作ったんです。でも13本じゃ足りないというので、思い切って1本増やして。

齋藤 14本になった。

−− え、思い切って「1本」?(笑)。

渡邊 いやいや、それでもけっこう大変なんですよ。それはお金が出ることですから、フィルム1本を焼き増すのに、1本30万〜35万円もかかるんですよ。

−− すみません、映画というビジネスのイメージからいくと、30万円に「も」がつくのは、ものすごく意外感があるんですが。

齋藤 1本30万円でも、例えば500スクリーンで同時上映、とやっていると1億5000万円ですよ。そこに例えば、JASRACなどの音楽著作権使用料がかかってくる。それにスクリーン数がかけ算で効いていくという具合で。

渡邊 そうなんです。映画の規模によって金額が大きく変わるということなんですね。だって簡単に、フィルム焼き増し35万円分の入場券をあなたが売って元を取りなさいよと言われたら…。

−− 35万円を、入場料1800円から劇場の取り分を引いた900円で割るわけですね。400人近くになりますか。うーん、しかし…。

渡邊 現実的にはいくらフィルムを増やしたところで、スクリーンが空いていなければ上映は出来ないですからね。この夏は大作映画が目白押しでしたし、空いている映画館の数とつき合わせて考えてみると、最初からそんな感じだったわけです。

 それに映画館で何をかけるかは、半年以上前からほぼ決まっている。配給を調整する角川ヘラルドさんがいろいろとがんばってくれて、この数になったわけです。逆に言うと、今増えているということは、空いている予定じゃなかった映画館がスクリーンを空けてくれたということですから。

−− 上映したいというお話が、映画館から来ているわけですね。

渡邊 そうですね、ありがたいです。

予算がでかいと、冒険ができなくなる

−− 当初は、どのくらいの興行成績が目標だったのですか?

渡邊 (11月13日現在)観客動員が17万人ぐらいで、興行収入(入場券による売り上げ)が約2億4000万円を超えました。到達点としては合格を頂いたというところです。だけど、興行成績の目標は、何パターンものシミュレーションがあって、一概には言えないんですよ。

−− それは、「時かけ」は興行収入目標まずありきの映画じゃないってことですか。

渡邊 今の映画ビジネスというのは、映画興行+ソフトの販売+海外版権+国内版権+…という複数の要素の組み合わせで成り立っていて、その中にどういう落としどころがあるかというのを、Excelの画面をにらみながら組み立てていくわけですよね。

 例えば、興行を第一に考えるのだったら、当たるか、当たらないかということ以前に、上映する映画館の数を増やさないと成り立ちません。その前提で、結果、お客さんが入らなかったら大変なことになるわけです。つまりこれは、バクチの規模がでかくなるやり方です。

−− なるほど。

渡邊 制作費に十何億円を使っちゃったら、やっぱり興行収入である程度以上は回収せねばならない。となると、当然、公開館を増やさないといけない。そうすると、広告宣伝費をかけなければならない。映画館でただ上映をしていればお客さんが勝手に来てくれる、そんな時代ではないから。

 上映館数が多くなるような大きい作品にすれば費用が増えちゃうし、費用を増やすにはまた作品を大きくしなきゃいけないしという、その循環の中でどんどん拡大していっちゃう。そうすると、作品が背負う商売としてのリスクがどんどん高くなる。作品の負うリスクが上がれば上がるほど、作品的には冒険ができなくなると感じていました。

−− 制作費が潤沢ならば、それを使って新しい思い切ったことができる、じゃなくて、お金をかけて作れば作るほど、リスクに敏感になり、保守的にならざるを得ないってことですか? 

渡邊 失敗したときの規模も大きくなりますからね。ある意味そう言っていいと思います。

−− ご経歴を拝見しますと、渡邊さんは、これが初めてのプロデュース作品なんですね。

渡邊 そうですね。どういう立ち位置かと言いますと、まず資金を集める部分の「製作」については、幹事会社となった角川書店メディア部長の安田猛(映画では製作統括)が中心となりました。いわゆるソフト・コンテンツを作るということを前提として、「これだけの資金で、こういう内容の映画を作ると、こういうビジネスとして成立します」ということを出資者に納得してもらう仕事です。

 僕はそれを制作側の監督や現場に納得してもらい、監督が作品の方向性をこうしたいと言ったら、それを製作側に納得してもらえるよう計らいつつ、映画そのものの内容とクオリティを上げることに、プロデューサーとして注力しました。もう1人、制作会社側のプロデューサーが…

−− 現場で実際に作る方ですね。

渡邊 そうですね。今回は角川書店側のプロデューサーとして僕が立ち、制作会社のプロデューサーとして立ったのが、横にいるマッドハウスの齋藤優一郎くんです。彼は、制作会社のプロデューサーとして、監督の意向と、実際の予算との折り合いをつけ、どれだけベストな作品に仕上げられるかということをコントロールする。内容にかかわる面もあるんですけど、どれだけ上質なスタッフを集めてこられるかが、特に重要です。この作品にあのスタッフは不可欠だとしたら、その人を口説いてくる。作品に遅れがあったら調整し、作品の質を落とさないよう対処する。

−− そして、角川なり、いろいろな出資側からの要求に、2人で相談しながら、どう現実的に…。

齋藤 落とし込んでいくか、ということをやっていたわけです。

アニメ雑誌の編集長から映像へ

−− 渡邊さんは、「アニメージュ」(徳間書店)から「ニュータイプ」(角川書店)と、アニメ雑誌の編集長をずっとやってこられたんですね。アニメ映画のプロデューサーになったのは、どういう経緯だったんですか。

渡邊 実は正社員としてアニメージュ編集部に入る前、20代の頃に約8年ぐらいレコード会社の徳間ジャパンというところで、アニメーション音楽のディレクターをやっていました。きっかけは10代の学生時代にアニメージュ編集部でライターのバイトをしていたことです。そのときの副編集長との出会いが、その後の人生を決めました。

 この方は当時、「アニメージュ」の副編集長をやりながら、同時にアニメ映画のプロデューサーをしていて、就職活動時期になったアルバイトの僕に、徳間ジャパンへの就職を勧めてくださったんです。

 僕が就職して最初の仕事は「風の谷のナウシカ」の音楽アシスタントディレクターでした。その頃から自然に、自分も機会があれば映像をやりたいと思っていました。徳間ジャパン時代には「ナウシカ」のほか、「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」「火垂るの墓」「魔女の宅急便」などのジブリ作品や「クリィミーマミ」や「ゲゲゲの鬼太郎」など、多くのアニメ作品の音楽ディレクターを経験しました。アイドルのミュージックビデオなども作りましたね。

 その後、この方は映像の世界に専念されることになって、編集部を去られるときに、また僕にアニメージュ編集部に復帰するよう計らってくださったんです。

 30代直前の転社、進路変更でしたが、10代のときに編集の仕事をしていたこともあり、思い切って30代で雑誌編集の仕事に復帰、編集長としても働くことになりました。

 そういうユニークさが気に入ってもらえたのか、30代の終わりに角川書店井上伸一郎(現・専務)から、角川書店で働かないかと声がかかり、40代で角川書店に転社。ニュータイプ編集部に。

時かけ」企画が出てきたのは2年半前

 で、今から2年半前に「ニュータイプ」編集長を次の世代に交代して、これから何をやろうかと考えたときに、漠然と「次は映像だな」と思ったんです。そんな話を、この企画が立ち上がる半年ぐらい前(2003年秋頃)に、マッドハウスの丸山(正雄・取締役/チーフクリエイティブオフィサー)さんにしていたんですね。それを丸山さんも覚えてくれていて、企画を持ってきてくれた。

−− マッドハウスの丸山さんから「アニメで時かけ」という企画が出てきたんですね。

渡邊 その大本は、丸山さんと、細田(守)監督の話の中から出てきたんですよ。それが2004年の2月。それをすぐ僕のところに持ってきてくれたわけです。丸山さんは、思いついたら即行動という人なので。

−− そこでまず疑問が。「時かけ」といえば、過去に何度も映画化され、知名度はたいへん高い作品ですよね。細田監督でアニメ、と持ち込まれたとしても、角川としてはアニメではなくほかのやりようもあったんじゃないですか。簡単に言えば、若手女優か何ならアイドルを主演に持ってきて、メジャーな監督にやらせて、と。

渡邊 そうですね。当時から、いわゆる往年の角川映画の名作を蘇らせよう、といった新プロジェクト自体は、いくつか立ち上がっていました。だから「時をかける少女」も、そういう実写の企画が先にあったら、先約アリとして動かなかった可能性もなくはなかった。結果としては大丈夫だったんですが。

−− 丸山さんが持ち込んだ細田監督によるアニメ映画「時かけ」の企画、渡邊さんは最初どう受け止められたんですか?。

渡邊 そもそも「次の仕事は映像だな」と思い、誰と組もうかと考えていたときにまず、思いうかんだのが細田守監督でした。しかし、当時、細田監督はフリーではなく東映アニメーションの社員でしたから、アプローチすらあきらめていた。

 ところが丸山さんから、その細田さんを監督に据えて、「時をかける少女」をアニメ化するという企画が持ち込まれた。これは絶対に傑作になるに決まっていると直感した。

 というのも、細田監督はすでにテレビアニメの「おジャ魔女どれみ ドッカ〜ン!」で「どれみと魔女をやめた魔女」という、「時間」を主題に置いたエピソードを演出していましたし、その素晴らしさは丸山さんも僕も既知のことでしたから。

 そういう経緯とは別に監督本人にも、筒井作品をアニメーションにするなら「時をかける少女」をやりたいという気持ちがあった。ですから、これはぜひ実現したいと。まず、細田守ありきの企画だったわけです。

−− いい話ですが突っ込みます。角川の皆さんが全員、細田監督を知っているわけではないですよね。アニメで「時かけ」やります、細田という監督にやらせれば大丈夫です、という企画、社内ですっと通ったんでしょうか。

でかくはないが、間違いなく傑作になる企画

渡邊 まず、実績あるマッドハウスの丸山さんが、「時をかける少女」を、監督・細田、制作・マッドハウスで作るということ。マッドハウスさんとは角川は何度もご一緒に仕事をしていますので、クオリティに対しては疑問は出なかったですね。

−− では「時をかける少女」というコンテンツをアニメ化するということがアリか、なしかについては。

渡邊 それに関していうと、少なくとも誰も決定的なことは言えなかったんです。しかし、僕や、細田守をすでに知る者においては、先ほどもお話ししたようにこれは絶対にいいものになるし、何より自分が見てみたいと感じる、決定的な魅力のある企画でした。その部分においては、上司である井上(映画では製作)も安田も全く迷わなかった。彼らもアニメを知り尽くしたプロですからね。

−− しかし、普通に考えれば、これまで6回も作っているのに、なんで7回目をやるのかってことになりますね。

渡邊 ビッグバジェットの、大きな映画としてやりますと言ってしまったら、もともとこれだけの知名度ですし、それこそ、社運をかける映画になっていったと思います。そうすると、もっと大きな広い層にアピールするように、とか、かつての「時かけ」ファンをどんどん取り込まなくちゃ、とか、「こんなに原作をいじるのはいかがなものか」とか、いろいろあったと思います。

−− そうなりますよね。それが先におっしゃった「冒険できなくなる」ということですか。

渡邊 いやぁ、何よりも、今回の企画がスタートした後で、一番、参ったなと思ったのは(細田監督から)「主人公を代えましょう」といわれた時ですよ。

−− ああ、主人公すなわち、原作の骨子ですよね。

(次回へ続く)