Web2.0(笑)の広告学 進化する米国テレビドラマと“CM飛ばし”の関係

エンドユーザーの消滅に立ち向かう術

2006年11月21日 須田 伸
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20061117/113926/

 「24」の第5シーズンをDVDで見終わりました。実によくできたドラマです。お金もかかってます。ご覧になった方はわかると思うのですが、DVDのスタッフロールの一番最後には映画でお馴染みの「20th Century Fox」のロゴがファンファーレの音とともに登場します。

 アメリカのテレビのプライムタイム(日本で言うゴールデン)のドラマの多くはハリウッド映画スタジオのテレビ部門が製作しています。その大きな理由の1つが1960年代から1990年代半ばまで存在していた「フィンシンルール(Fin-Syn Rule)」にあるとされています。

映画会社がテレビドラマを作っている背景

 フィンシンルールとは、テレビの3大ネットワークが巨大な放送インフラを背景にコンテンツ製作までコントロールしてしまうことを防ぐために、プライムタイムの枠内の一定量は社外で製作することなどを定めた法令です。この規制によってハリウッドの映画スタジオは、テレビ番組の製作でも大きな力を持つようになりました。

 映画会社がテレビドラマをつくることには大きなメリットがありました。ハリウッド映画はヒットすれば世界規模で興行収入があるわけですが、コケれば逆に大きな損失を生むリスクを抱えています。それにくらべるとテレビドラマの製作は安定した収益が見込めるわけです。またテレビドラマで人気になった俳優を映画で起用すれば、ファンが映画も見てくれる可能性が高い。このため従来は、テレビドラマで売れると、映画にステップアップしてテレビドラマからは卒業するという「出世コース」が一般的でした。医療ドラマ「ER」で人気になり、ハリウッド映画スターになったジョージ・クルーニーがこの典型的なパターンです。

 ところが最近は、ドラマを卒業したはずのハリウッドの映画スターたちが再びテレビドラマに出演するようになってきました。「24」主演のキーファー・サザーランドもそうですし、「ザ・ホワイトハウス」のマーティン・シーンもそうです。

ハリウッド映画より豪華で面白いテレビドラマ

 俳優だけでなく、脚本家や演出家といったスタッフ陣もテレビドラマを積極的に手がけています。かつてのテレビドラマはハリウッド関係者から、「クリエイティビティよりも分かりやすさが大切な、映画よりもワンランク下の存在」と見られてきました。それが今やギャラにしても、業界内での名声にしても、表現者としてのクリエイティビティの満足度からしても、テレビドラマはハリウッド映画と肩を並べるほどになったと言われています。

 「映画のほうがお決まりのシナリオが多く、近頃つまらない」という声をしばしば耳にするくらいです。

 プライムタイムのテレビドラマ1話あたりの平均製作費も200万ドル(約2億4000万円)を軽く超え「アメリカのテレビドラマは今が黄金期」と言う業界関係者も少なくありません。

 日本でも話題の「24」「LOST」「デスパレートな妻たち」など現在のアメリカの人気テレビドラマは、これまでのテレビドラマの文法を覆すようなユニークなプロットを、一流の俳優陣と一流のスタッフが潤沢な予算で映像化していて、エンターテイメントとして素晴らしい仕上がりです。

テレビドラマにお金をかけられる理由

 こうしたアメリカのテレビドラマは今や、1回の放送で終わりではなく、インターネットでの配信や、ipodでの有料課金での販売など、多角的に展開される時代になっています。

 例えばNBCの新ドラマ「Heroes」の放送は月曜夜9時。放送終了から数時間後の午前2時には、NBC.comでCM付きで公開されます(日本から見ることはできません)。さらに翌日の正午までには、アップルのiTunesストアで1ドル99セント(約240円)でCM抜きで販売されます(これも日本からは購入できません)。NBCのCEO、ジェフ・ザッカー氏は「今後もデジタル時代に対応するNBCに変革をしていく」と Advertising Age誌でのインタビューでこたえています。

 このようにアメリカのプライムタイムの人気ドラマは、アメリカ国内では放送後に有料ダウンロード(または広告付で無料ダウンロード)でパソコンや iPodで視聴することができる番組も増え、また日本を含む世界中でDVDや関連商品の販売も好調であるなど、その収益源は確実に広がりつつあります。

 アメリカのテレビ局の多くがテレビCMからの収益を減らしている中で、このテレビドラマの充実ぶり(人材、コスト、展開、収益源などあらゆる面で)は、注目すべき現象だと思います。ドラマへの投資を可能にしているのは、彼らが巨大メディアグループの一員であるためです。

 アメリカのテレビ局や映画製作会社が、かなりのスピードでデジタル時代に対応したコンテンツを製作し供給をしていく理由は、彼らが放送・出版・通信といった複数のジャンルにまたがる巨大メディア企業の一員であることが関係していると思います。

 例えば、3大ネットワークの1つABCは、ウォルト・ディズニーの傘下にあり、同じディズニー傘下には、タッチストーンやミラマックスといった映画製作スタジオや、ESPNのようなスポーツ専門チャンネル、そしてもちろん、ディズニー・ピクチャーズやディズニー・チャンネルがあります。

 他のネットワーク局も同様で、CBSバイアコムグループ、NBCはGE、FOXはニューズ・コープといった巨大メディア企業の一員です。ネットワーク局、専門チャンネル、ケーブルテレビ局、映画製作会社、出版、音楽レーベル、プロスポーツチーム、家電メーカーなどが、グループを形成して、多角化する消費者の行動にあわせて、またグローバル展開でより大きな市場を狙っているのがアメリカの現状です。

人気のドラマのほどCMが飛ばされる?

 話をドラマに戻しましょう。「映画以上に面白い」アメリカのテレビドラマは、コンテンツビジネスとしてテレビ局を潤しつつあります。では、その番組中で放送されるテレビCMはどうなのでしょうか? 

 テレビドラマが映画以上のクオリティであれば、CMで中断されずに見たいと思う人も少なからずいるでしょうし、そうでなくても平日の夜はゆっくりテレビを見ることができないので、Tivoのようなハードディスクレコーダーに録画して週末にまとめてという人もいるでしょう。また一部の人気ドラマなら録画しておかなくても、有料ダウンロードで番組を見ることだってできるわけです。

 テレビを本来の放送時間に見る「リアルタイム視聴」が減り、別の時間に見る「タイムシフト視聴」が増加すると、評判の人気ドラマの枠にCMを流したとしてもどれだけ広告効果があるのか? という議論になってきます。CMをスキップされたのでは消費者に届きようがありません。

 もちろんハードディスクレコーダーに収録した番組を再生する際にCMをスキップせずに見るという人もいます。しかし例えば金曜に放送のテレビドラマの中で流れる「明日からの土日2日間はコレとコレが目玉の特別セール開催です」というCMが、日曜の夜にハードディスクレコーダーからの再生で消費者に見られても広告主にとって意味がありません。セールの告知に限らず多くのテレビCMは鮮度が大切であり、録画して後でというのでは価値が大幅に下がってしまいます。

 テレビドラマ自体をコンテンツとして収益源にする、という米国テレビ局(と、それが所属する巨大メディア企業)が下した対策は、広告会社にとっては回答のハードルが一段も二段も上がったことを意味します。

 さて、どうしたらいいでしょうか。

 誰でも思いつく対策は、録画ではダメな、「ライブだから楽しめる」番組を作ることです。

リアルタイム視聴を稼げばCMは飛ばしにくい

 低予算かつ視聴率を稼ぐと評判なのが、アメリカで「リアリティショー」と呼ばれるジャンルです。「ノンフィクション型エンターテイメント」とも言えるこうした番組は日本でもかつての「ASAYAN」(テレビ東京)や現在も放送されている「あいのり」(フジテレビ)などがありますが、アメリカでは「サバイバー」(番組フォーマットを輸入したTBSが日本版を制作しましたが、人気は出ませんでした)や「アメリカンアイドル」といった番組のことを指します。

 特にアイドル・オーディション番組「アメリカンアイドル」では、誰が勝ち残るかを決める投票に視聴者が携帯電話のショートメッセージを使って参加できるようになっており、番組を構成する重要な要素がリアルタイム視聴を稼ぐ仕掛けになっています。

 携帯電話で投票をしたり、ネットで友達とチャットしながら番組を見ている視聴者の意識を向けさせるCMをつくるのは、難しい課題ではあります。それでもリアルタイムで見ることが視聴者にとって大きな価値のある番組は、オリンピックに代表されるスポーツイベントの中継もそうですが、広告主にとっても魅力的なコンテンツです。

 その一方で、再放送やDVDなどの別メディアへの展開が難しいのは、リアルタイムで見せるメリットとセットになって付いてくる宿命でしょう。

プロダクトプレースメントは有効か?

 生放送以外の番組ではどうでしょうか。テレビドラマと広告の組み合わせでは、ちょっと前から話題になっている「プロダクトプレースメント」という手法があります。

 プロダクトプレースメントとは、テレビドラマなどの番組の中に商品やサービスが使われるシーンを挿入するものです。プロダクトプレースメントを説明する際によく引き合いにだされるのがスパイ映画の「007シリーズ」(主人公のジェームズ・ボンドが乗るクルマや腕時計がプロダクトプレースメントです)であることからも分かるように、最新どころかかなり以前から存在する広告手法です。

 この格別新しくもない手法が、ここ数年「テレビCMがスキップされる時代にどうやって対応すればいいのか?」「番組は見られているけど、CMは見られないのでは、広告主は空気にお金を払っているようなものではないか?」といった疑問への回答として、急速に広まっています。

 ドラマの中で広告が完結するのであれば、たとえハードディスクレコーダーからの再生視聴であったとしても、スキップされることは考えにくい。事実、テレビドラマの「24」では、アップルコンピュータ、シスコ、フォードといった企業の商品をドラマの中で容易に見つけることができます。

 しかし、これ、見ている方はちょっと不自然に感じそうだと思いませんか? 第一、商品の登場がさりげなさすぎたら、誰もその製品に気がついてくれないわけですから。

 例えば「24」は、「007シリーズ」同様に政府の特別捜査機関が舞台ですから、登場人物が使う様々な機器がクローズアップになってもドラマの興味をそがれる可能性は少ないかもしれません。でも、やりすぎれば、ドラマそのものと広告商品の両方の評判を下げるリスクもある。また、それほど数多くの商品やサービスを入れ込めるわけでもなく、演出上の手間をあわせて考えると、果たしてそれだけのリターンがあるのか議論の分かれるところです。

 プロダクトプレースメントは、面白い作品を作る敷居を上げることはあっても下げることはないんじゃないか。そこが気になります。

「エンドユーザー」の消滅

 消費者は「それが(Web)1.0であるか2.0であるか」「それが広告かコンテンツであるか否か」「それが一方通行か双方向か」には最終的には興味ありません。「自分のココロに刺さるか、刺さらないか」にこそ興味があるのです。

 そして、広告は、刺さるコンテンツにファイナンスする機会を常に求めています。

 連載の最初にこう申し上げました。

 リビングルームで家族みんな揃ってテレビを視聴するというスタイルが過去のものとなり、個人1人ひとりが、自分の好きな場所で、好きな時間に、好きな機器を使って見る、となった今日、テレビ番組のコンテンツも視聴者を追いかけて進化している。アメリカのテレビドラマはそのひとつの例です。

 質の高いコンテンツを制作し、今日の消費者のライフスタイルにあった方法で放送または配信、販売すれば、消費者もテレビ番組を何らかの形で視聴し、話題にして、参加してくれることも間違いなさそうです。

 その変化のサイクルに、テレビCMは置いていかれつつある。

 テレビCMが入ることで、「無料(本当は広告料は製品を買う人が払うわけですね、もちろん)」の娯楽を楽しんでいた「エンドユーザー」たちは、もはや情報の流れの端っこにおとなしく座っていてくれません。広告を飛ばしたり、あるいはその中身を(購入したり、店に行ったりして)検証し、その結果を発信し、と自由自在に動き回ります。

まずは楽観から始めよう

 「タダだから」ではなく「面白いから」見る。だったら、ドラマの面白さを引き立てたり、その面白さと響き合うような広告ならば、飛ばさずに見てくれるのではないか? じっと座っているエンドユーザーの「時間枠」を買うのではなく、動き回るユーザーを画面に縛り付けるくらい面白いコンテンツに対して、広告料と広告企画を考えるべきなんじゃないか?

 解かなければならないパズルのピースは、減るどころかむしろ増えています。ユーザーの時間を買うという発想から離れること、それこそがすべてを面白くしてくれるヒントじゃないかと思います。この道を行けば、番組も広告ももっともっと面白くなる、と、まず楽観的になるところが始めた方がいいのかもしれません。