Web2.0(笑)の広告学 ミクシィ、ウラヤマシィ

2006年9月26日 須田 伸
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20060920/110203/

本題の前に動画のお話の続きを少し

 前回の締め切り後に、ユーザー投稿動画を使った広告キャンペーンに関する注目の事例が米国で出現したので、本題の前にご紹介します。

 スナック菓子のドリトスが、ヤフー・ビデオとコラボして、来年のアメリカンフットボール・リーグNFLのナンバーワンを決定するスーパーボウルのテレビCM枠で放送する作品を、ネット上で公募すると発表しました。

 最終5候補に残れば、その時点で賞金1万ドル(約120万円)が授与され、さらにネット上の投票で選ばれる最優秀作品はスーパーボウルのCM枠で全米にオンエアされます。サイトには、応募する作品の長さは正確に30秒であること、放送禁止用語やヌード、暴力的描写などは禁止であることなど、いくつかの注意事項が明記されています。詳細なルールは後日発表とのこと。

 スーパーボウルといえば、世界で最も高額なCM枠として有名ですが、そんなテレビCM最大の祭典も一般ユーザーがつくるコンテンツ「CGM」の時代なのだと証明する事例になるかもしれません。

学生インターンミクシィ利用率100%

 さて本題です。先日、サイバーエージェントが大学3年生と大学院1年生を対象に実施したインターンシップで私が講義をした際に、いくつか挙手でアンケートをとりました。

 「ブログを書いていますか?」「iPodを持っていますか?」「RSSリーダーを使っていますか?」など、インターネット関連の事柄に関して聞きました。回答者はサイバーエージェントに興味がある学生ということもあり、ほぼすべての質問で「YES」の回答率が高かったのですが、その中でも1人の例外もなく全員が使っていると答えた唯一の質問が「ミクシィを使っていますか?」でした。

 その時、思わず心の中で叫んだのが今回のタイトル「ミクシィ、ウラヤマシィ」です。オフィスがある渋谷の街を歩いていて聞こえてくる女子高生同士の会話の中にも「ねぇ、ケイコに最近会った?」「ううん、会ってない。けど昨日、ミクシィで話したよ」といった具合にしっかり入り込んでいます。

 ミクシィは会員限定のSNSソーシャル・ネットワーキング・サービスの略)ですが、もはや若者を中心に「入っていないことなどありえない、あたりまえの存在」です。彼らの多くにとってはSNSという言葉を知らなくてもミクシィは使ってる、そんな感覚だと思います。

ヤフオク」と同じようなインフラに

 「セロテープ」「サランラップ」「ゼロックス」。ジャンル名よりもひとつの商品名、サービス名のほうが一般的というケースは過去にもあります。インターネットサービスでは、ネットオークションという言葉が流通する以前に「ヤフオク」の愛称で広まったヤフー・オークションがそうです。

 そんなヤフオク同様、利用者にとって生活のインフラ的存在に近づきつつあるミクシィは、今や会員数570万人。SNSでは圧倒的なナンバーワンであるだけでなく、国内のすべてのインターネットサイトの中でも総ページビュー数でヤフーに次ぐ第2位、ユーザーひとりあたりの利用時間では第1位です。

 インフラということになればまさしく水道のように「蛇口をひねればジャー」というのが当たり前。と利用者からは期待されるわけで、先日果たした上場による資金調達を活用しインフラとしての強化を目指すのは至極まっとうな選択だろうと思います。

ミクシィから生まれたヒット映画

 現在のミクシィのビジネスモデルの中心は広告収益です。大勢の人が利用する人気サービスということで、広告の売上も順調に伸びています。その一方で、広告ではないけれどミクシィから火がついて、結果として商業的ヒットにもつながった事例があります。映画『ホテル・ルワンダ』です。1994年のルワンダ大虐殺を描き、アカデミー賞脚本賞、主演男優賞、助演女優賞の各部門にノミネートされた作品ですが、当初、日本では公開の予定はありませんでした。

 ところが「この映画の日本公開をなんとしても実現させたい」そんな一人の個人が「ホテル・ルワンダ」というコミュニティをミクシィ内に立ち上げ、そこから声が広がって、集まって、力となり、コミュニティの開設から4ヶ月足らずで日本公開が決定しました。公開後の劇場は連日の大入りで、近年人気の高まるミニシアター系の作品の中でも十分にヒットと呼べる興行収益をあげました。

 ミクシィにはヒット映画を生む力がある、ということに映画業界関係者も注目し、SNSを使った映画プロモーションはその後さまざま行われていますが、『ホテル・ルワンダ』を超えるまでの成功はありません。その理由は、作品そのものの力も当然ありますが、同時に個人の強い思いが起点となった「仲間内の盛り上がり」のパワーによる部分もかなりあると思います。

※『ホテル・ルワンダ』関連インタビュー
公開運動主催者側:「作戦本部はmixi
映画会社側:「商売としてのホテル・ルワンダ

「仲間内の盛り上がり」を広告に転化する

 では、広告として「仲間内の盛り上がり」をつくることはできるでしょうか。私はできると思います。もちろん、『ホテル・ルワンダ』のケースとまったく同じとはいかないでしょうし、そこを目指すべきではありません。そうではなくて広告なりの、広告だからできる盛り上がりをつくるのです。

 ただし、注意すべき点もあります。

 SNSはユーザーが極めてプライベートな感情を交換する場です。それと正反対の、感情のこもらない、形式的なコミュニケーションをSNSというコミュニティに持ち込むと、ユーザーは拒否反応を示します。事実、ミクシィのコミュニティを使った広告キャンペーンで、型どおりのコミュニケーションが原因で参加者の不興を買い、コミュニティが閉鎖に追い込まれた事例もありました。

 逆に、丁寧にハートとハートのオープンなコミュニケーションを企業がすれば、参加者も応えてくれます。今、私がひとりの参加者として楽しんでいる広告コミュニティに、大塚製薬ファイブミニのコミュニティがあります。我々の体内にいる「悪玉菌」をメタファーにしたキャラクター「アクダー・マーキン」が主催するコミュニティ「体内怪人ファンコミュ!」です。参加者とのコミュニケーションの細かい仕掛けや言葉づかいなどのトーン・コントロール、あらゆるディテイルが丁寧に作られているのです。そういう努力はしっかり参加者のハートに届きます。※ファイブミニの公式サイトはこちら

 そのリターンとして人々は「アクダー・マーキン」という存在が、ファイブミニの広告キャンペーンの一環であることを理解しながら、ディズニーランドでミッキーマウスの気ぐるみの中に実際には人が入っていることを知りつつ楽しむのと同じように、野暮な突っ込みはせずに一緒に遊んでくれるのです。

新サービスの可能性

 ミクシィは株式公開による資金調達をし、今後はさらにインフラとしてのサービス基盤の充実、広告媒体としての成長、さらに魅力的な新機能の追加などで拡大していくでしょう。

 ミクシィ内で展開すれば面白いと思う数多くのサービスの中でも「就職紹介」「結婚紹介」は有望だと思います。なぜなら「その人が誰とつながっているか」は、推薦状や履歴書、釣書としての機能も果たすからです。特に就職紹介に関しては、株式会社ミクシィのもうひとつの柱の事業が「Find! Job」という求人サイトであることからも、今後両者を掛け合わせた展開は十分に予想されます。いずれにしても、人と人がリアルにつながる場からのビジネスの可能性が多岐にわたることは間違いありません。

今回のギモン。果たしてSNSは「マス」なのか?

 最後に今回ミクシィについて書きながら浮かんできた疑問を記して、読者の皆様のご意見を伺いたいと思います。それは「SNSはマス媒体なのか? そもそもマスの定義って何?」というギモンであります。

 テレビや新聞に代表される従来のマス媒体は、1つの発信者に対して多数の受け手という仕組みです。そして企業が多くの消費者にリーチしたい時、マス媒体に「広告」を出せば達成できる。これこそ「マスのパワー」だったわけですが、この文脈でミクシィのようなSNSは「マス」なのかと言えば、ちょっと違う気がします。同時に、570万人という会員数を持ち、今後もまだまだこの数が増えていくことが予測される中で、マスではないと言い切るのにも躊躇してしまいます。これまでのテレビや新聞のような、圧倒的なリーチパワーとしての「マス媒体」とは何かが決定的に違う、(それはどちらが良いとか悪いとかではなく)、新しいマスの出現とでも言いましょうか。

 ものすごく頭の悪そうな例えで恐縮ですが、従来型のマス広告、とりわけテレビを使ったCMの広がり方が「ドーン!バーン!」という音だとすると、 SNSは「ジワ〜」という感じです。「ドーン!バーン」は不発に終わると砂漠に撒いた水のように早々と静かになってしまい、「ジワ〜」はいったん広がりだすとやがて大音量の共鳴を引き起こす。この違いは何なのか?

 そしてSNSがパワーを持っていくことは、既存のマスメディアにどのような影響を及ぼすのか? そもそも「マス媒体」「マスメディア」の本質とは何なのか? 皆様のお考えを教えていただきたく思います。
[日経BP社]