米国発−CMはテレビよりオンラインゲーム トヨタ、ウォルマート・ストアーズ、コカ・コーラが続々と出稿

2006年9月12日 ニューヨーク支局
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20060908/109497/?ST=nboprint

 仮想の都市をさまようゲームの世界で、街角に現れた広告看板。果たして、これは仮想なのか、現実なのか。

 発売5年目を迎え、いまだに世界中のゲームファンを魅了する「アナーキー・オンライン(anarchy online)」。20の国際的なゲーム賞を獲得した怪物ゲームは、無秩序な世界で戦う主人公を演じる内容となっている。

 いかれた科学者、官僚、ロボット…。次々と出現する難敵を倒し、ある街角にやって来た時のこと。荒んだ街路に、突如として巨大な広告看板が現れる。そこには、黒いベールに覆われたクルマと、「TOYOTA」のロゴマークが描かれている。

 「クリックして、ベールを剥がして!」

 すると、荒れ果てた風景には場違いなピカピカの小型車の広告が出現する。

 ゲームの中に現実の宣伝広告を出す――。トヨタ自動車は、米国向け小型戦略車「ヤリス(日本名ヴィッツ)」を宣伝するため、こんな仕掛けを始めたわけだ。

 ヤリスは今春、米国市場に投入されたばかりだが、ガソリン価格の上昇という追い風もあり、好調な売り上げを誇っている。8月末の販売台数は4万4200台に達した。目標だった年間7万台のバーは軽くクリアする見通しだ。

テレビの視聴時間を減らす18〜34歳の男性

 「おやじグルマ」のイメージ払拭へ。好調な販売の裏側で、トヨタはこんな新広告によって、これまで広告訴求が難しかった若い世代を取り込もうとしていた。

 「ヤリス」の販売価格は1万2000ドル前後で、購買力の低い若者もターゲットに据えていた。しかも、若者を意識して、少し丸みを帯びた“イマ風”のデザインにしている。

 価格、デザインともに自信作のヤリス。だが、売れるための最大のハードルは、ブランドイメージだった。「おじさんが乗る車」というイメージの払拭は、トヨタの長年の課題となっている。

 ところが、若者世代に向けた効果的な宣伝戦略を、トヨタは見失いかけていた。なぜなら、彼らはテレビを見なくなっているからだ。そこで、トヨタが探し当てた手法が、ゲーム広告だった。

 「若者世代にヤリスを訴えかけるには、ゲームという場が魅力的だと思った。これを続ければ、この世代にトヨタファンを醸成していくことだって可能ではないか」。米国トヨタ自動車販売の広告担当、サム・ビュト氏は、新手法の手応えを感じ始めている。

 事実、米国の若者は、テレビのリモコンを放り投げ、ゲームのコントローラーを握りしめるようになっている。米調査会社ニールセン・エンターテインメントによると、2005年に18〜34歳の男性は、テレビの視聴時間を前年比で12%も減らし、逆にゲームの時間を20%も増やしたという。

 その結果、ゲームに費やす時間(週12.5時間)がテレビの視聴時間(週9.8時間)を逆転している。しかも、テレビよりもゲームの方が、視聴者が画面に集中している可能性が高い。

ネット化で脚光浴びるゲーム広告

 テレビ広告からゲーム広告への流れは、米国で静かに広まりつつある。アナーキー・オンラインには、既に米小売り最大手のウォルマート・ストアーズの広告も登場する。飲料大手のコカ・コーラも、近く「CM」を打つ予定だという。

 大手企業がゲーム広告に押し寄せる結果、ゲームソフト自体が高品質になるという相乗効果も出てくる。

 「ゲーム1本に500万ドル以上の開発費をかけてきた。うちだけでなく、多くのゲーム開発の現場は、高騰するコストに悩んでいる。そこに、トヨタから数十万ドルの広告料が入ってきた効果は大きい。アナーキー・オンラインは加入者が数十万人に達し、今でも1日2000人の新規加入がある」

 アナーキー・オンラインを制作したファンコムのテリ・パーキンス製品開発部長は、そう打ち明ける。

ネット化の進展で、魅力的な市場に

 大企業の宣伝担当者が、広告シェアがわずか1%程度のゲーム広告に、にわかに注目し始めた背景には、「ネット化」の流れがある。これまでのゲームは、カセットやCD-ROMといったパッケージソフトが主流で、広告を入れ難い事情があった。

 一度、広告を入れれば、内容の変更ができないからだ。しかも、ゲームソフトの開発は数年にも及ぶため、企業が広告を出したくても、実際に視聴者の目に留まるのは、ずっと先のことになる。そのため、ゲーム開発会社にとって、大手企業から広告料を取ることは容易でなかった。

 「例えば、自動車レースのゲームを作るには、メーカーに実際のクルマを登場させていいか、許可をもらう。我々は協力を仰ぐ立場だった」とソニー・コンピュータエンタテインメントSCE)の古澤順子広報部長は言う。こうした状況が、オンラインゲームの普及で、ゲームメーカーと大手企業の立場が逆転し始めた。大手企業は、こぞって人気ゲームに自社広告を出そうとしている。そして、広告ビジネスが動き出している。

2010年には現在の13倍の規模に

 米国最大の販売数を誇る大人気アメリカンフットボールゲーム、「Madden NFL」。2007年度版は、発売後1週間で200万本を売り上げた。このゲームを開発している業界最大手のエレクトロニック・アーツは、8月31日、ゲーム広告会社と契約したことを発表した。今後、アメフトゲームの画面は、実際のスタジアムのように多くの広告が張り巡らされることになるかもしれない。その権利を巡って、企業が争奪戦を繰り広げるだろう。

 エレクトロニック・アーツの発表と同じ日、日本でもゲーム広告を巡る大きな動きがあった。インターネット広告代理店のオプトなど5社がゲーム広告会社を立ち上げたのだ。

 勢いを増すゲーム広告は、テレビ広告の市場を侵食しようとしている。米経営コンサルティング大手のマッキンゼーは、2010年にテレビCMの訴求効果が、1990年に比べて70%程度にまで減退するとの調査報告を出している。一方で、ゲーム広告の需要は2010年に、今の約13倍に当たる7億3200万ドルにまで達すると見られる。

 果たして、ゲーム広告は、どこまでテレビ広告に迫るのか。「若者への訴求効果ならば、テレビ広告以上」(パーキング氏)。ゲーム業界では、そんな強気の発言が飛び交う。

 今年に入って、米メディア大手のタイムワーナー、ニューズ・コーポレーションバイアコムなどが、相次いでゲーム関連企業を買収している背景にも、メディアにおけるゲームの存在感が増してきたことがある。メディア先進国、米国で、揺れるテレビ広告に、また1つ、新たな強敵が出現した。この新広告の潮流は、ゲームとともにネットに乗って、世界を駆け巡るかもしれない。
(ニューヨーク支局)日経BP