姿を見せ始めた“Web2.0” ネットの遊び場が広告塔に

戸田 顕司
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20060720/106611/?ST=nboprint
 6月9日に始まったサッカーイベント「FIFAワールドカップドイツ大会」。全試合をCS放送するスカイパーフェクト・コミュニケーションズ(スカパー)は、その2週間前からインターネットを使った広告を開始していた。
 その舞台は、友人や知人の紹介で参加できるインターネット上のサービス、SNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)である。会員制なのでネット上に溢れる匿名の書き込みサイトほど得体が知れないものではなく、ネットならではの“濃いめ”の交流の場(コミュニティー)である。スカパーはそこに新たな広告チャネルとしての可能性を見いだした。
 最大手のミクシィmixi 、東京都渋谷区、笠原健治社長)が提供するSNSサービスの場に、ワールドカップでサッカーに興味を持った初心者をメーンとする交流の場を用意したのである。
 ここでスカパーは、日本代表ユニホームに似せてデザインしたデジタル画像を配布。「日本代表の青でミクシィの画面を染め上げよう」と呼びかけた。イメージが浮かんでこないという方も少なくないはず。まずは、左の写真を見て想像していただきたい。
 コミュニティーへの参加者は、ネットにつながっていることの証しとして写真やイラストをページに載せる。この画像としてユニホームの画像を使ってもらうという趣向である。門外漢には少々理解するのが難しいのだが、あまり堅苦しいことではなく、参加者はちょっとした遊び感覚で楽しんでいるようだ。サッカー日本代表を応援する見知らぬ者同士が、一種の連帯感でつながり合うのである。球技場で隣の人と肩を組んで声援を送り、抱き合ってゴールを喜ぶのと大差のない感覚だ。
 現在、ミクシィの会員は約350万人。人気タレントを起用してテレビや雑誌などのマスメディアに広告を打っているスカパーが、あえて会員限定のネットコミュニティーに注目した理由は何なのか。スカパー事業開発推進部の河口祐毅アシスタントマネージャーはこう説明する。
 「スカパーの潜在的視聴者の多くが既にスカパーと契約している。マス広告で刺激できない新しい視聴層の開拓に挑戦しようと考えた」
 マス広告では、年齢層や性別など大まかにしかターゲットを捉えられない。これに対してネットでは、趣味や関心事などテーマごとに情報交換を楽しみたい人々が集まる。しかも、ネットでは情報の受け手が、自分が知った話を面白がって友人や知人に伝える発信者に転じる。こうしたネット版の“口コミ”をマーケティングに生かそうというのがスカパーの狙いだ。

ネットの“口コミ”に威力

 一方、インターネットサービスの提供者側も、広告媒体としてのメニューを充実させつつある。
 もはや一般的に広まったネット上の日記「ブログ」を運営するはてな(東京都渋谷区、近藤淳也社長)は、今年4月から「はてなダイアリーブログ BUZZ(バズ)プロモーション」という広告メニューの提供を開始した。BUZZとは「噂をまき散らす」の意。ブログの情報伝播力を使って、企業の広告キャンペーンを支援する。
 企業側が商品プロモーションの企画をはてなに持ち込むと、はてなは会員向けのウェブページで「○×という商品のプレゼント企画がありますよ」と告知する。それを見たはてなの会員が、自分のブログに「○×が欲しい!」と書き込めば応募完了。そのブログを読んだ人がまたブログに書き込むといった連鎖反応によって、プレゼント企画の存在が広まり、同時に商品の認知度そのものが高まるという仕掛けだ。
 ブラザー工業は2005年2月に、レーザープリンターの営業担当者や技術開発担当者たちが商品にまつわる話題を書き込む「ブラザー社員のブログ」を開設した。多くの消費者に同社の製品について知ってもらうためだ。さらに、新商品の発売に合わせてブログ BUZZ プロモーションを試したところ、計4回で3800人を超える応募者を集めた。
 「コストをかけることなく高い反響を得られた」と、同社ブログ担当の松原淳氏は満足げだ。
毒にも薬にもなる
 話題の“バトン”を増殖させながら次々に引き継ぐことで、ネットの口コミ力を最大限に活用しようとしているのがSNSのグリー(東京都港区、田中良和社長)である。
 例えば、日本パン工業会による「パンバトン」がそれ。「給食や学生食堂で思い出に残るパンってありますか?」といった質問をウェブページに掲げ、会員がこれに回答すればプレゼント企画の参加資格を得られる。条件は、この“バトン”を5人の知人や友人に渡すこと。個人の人脈に乗ってねずみ算的に広まっていく。
 グリーの登録者は現在約33万人に過ぎないが、パンについてネットで語り合う消費者の様子を見て、日本パン工業会の小出健士専務理事は、「こんなことは今までなかった」と驚きを隠さない。ネットの広告効果に手応えを感じている。
 また、“Web2.0”企業の代表格である検索サービスのグーグルは、検索と広告を直結させる、「アドワーズ」という広告サービスを収益の柱にしている。検索結果画面の上部と右側にスポンサー企業の文字広告を表示する。検索した個人にとっては、自分が必要としていた情報に関連する企業側からのメッセージを同時に得られる。
 広告を出稿する企業は、どういう検索語が打ち込まれた時に自社の広告を表示させるのか、1回のクリックでいくらをグーグルに支払うのかを決めておく。広告の表示順は、広告料の多寡や検索語との関連性などを総合的に勘案して、グーグルが定めた基準で決定する。
 ネットを使ったマーケティングやブランド構築は、まだその黎明期にある。既存のマス広告を超える効果を生む可能性もあれば、露骨で安易な儲け主義が消費者の猛烈な反感を買い逆効果に陥る恐れもある。
 “Web2.0”といえども、企業と消費者を結ぶことで収益を上げるメディアである。ただしネットの口コミは、企業側から制御しきれないものだということをしっかり認識しておくことが不可欠である。