「草の根ビデオ広告」に便乗する大企業の期待と課題

文:Elinor Mills(CNET News.com)翻訳校正:坂和敏(編集部) 2006/04/13 08:00
http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20101204,00.htm
 昨年つくられたソニー(の米国法人)の「広告」のなかで、おそらく最も出来が良かったのは、実はあるユーザーが制作したものだった。
 「Sony Transformation」というこの洒落たビデオには、1台のステレオが登場する。そして、このステレオが映画「マトリックス」ばりの圧倒的な特殊効果によって、ほかのさまざまな電子機器に次々と変身していく。
 このビデオをつくったのはTyson Ibele氏という18才の若者だった。独学でアニメーションを学んだIbele氏は、ミネソタ州ミネアポリスにあるMAKEという小さなビジュアルエフェクト専門のスタジオで働いていた。そして、この職場でデモ用に制作したのがこの「Sony Transformation」というビデオだった。ところが、このビデオがCurrent TVの幹部の目にとまった。同社はAl Gore元副大統領が会長を務める独立系テレビネットワークで、視聴者の制作したコンテンツに力を入れている。同社の幹部は、Ibele氏に電話をかけ、ソニートヨタ、L'Orealなどの広告主のためにCurrent TVが実施したV-CAM(視聴者制作CM)コンテストへの出品を要請した。しかし、彼らがまず最初に行ったのは簡単な事実確認だった。
 Current TVのクリエイティブディレクターColin Decker氏は、「(このビデオを)ソニーに持ち込み、『正直に言って欲しい。これはあなた方が制作した作品ではないのか』と聞いたが、彼らの答えは『ノー』だった」と述べている。
 ブログがバンパーステッカーのようにありふれたものになり、またYouTubeによってバイラルビデオが全盛期のNapsterを使ったダウンロードのような盛り上がりを見せているなかで、アイデアをさがすマーケティング担当者が一般の人々に目を向けているのも不思議なことではない。批判広告一色といった市場のなかで、企業各社は次々とこのバイラル戦略に便乗し、なんとか消費者の心をつかもうとしている。
 一方、デジタルビデオカメラの低価格化やコンピュータの高性能化、使いやすいビデオ編集ソフトの登場、そしてブロードバンド回線の急激な普及などにより、ノートPCとわずかな想像力を持ち合わせる人間ならだれでも、これまで手の届かなかった方法で、容易に自分を表現できるようになっている。
 「従来のマーケティング手法では不十分だ」と、Current TVのDecker氏は言う。同氏は、特にCurrent TVの視聴者である18〜34才の年齢層を中心に、視聴者が制作した広告の人気が高まると予想している。「この年齢層は、オーバーで強引なものに対して肯定的な反応を示さない」(Decker氏)
 Current TVのV-Camコンテストでは、視聴者が7部門あるコンテストのいずれかにビデオを出品し、その作品がネットワークで放映されることが決まると1000 ドルの賞金が支払われる仕組みになっている。このコンテストで、トヨタYaris(日本名「ヴィッツ」)の新型モデルの広告を探しており、また「High-Intensity-Pigments」シリーズの宣伝を展開するL'Oreal Parisでは、「Women of Worth」の魅力を語る顧客の映像を求めている。ソニーは、ハンディカムやウォークマンマーケティング用CMのほか、同社のスタイルを表す一般向けの広告も探している。
 L'oreal Parisは、「Varsity World.com」というティーンエイジャー向けエンターテインメントサイトで実施された「You Make the Commercial Contest(自作CM大賞)」にも協賛している。このコンテストで優勝したのは、カリフォルニア州にあるグラニテベイ高校の生徒2人が制作した「Juicy」というビデオで、若い女性がL'Orealのリップグロスを付けると、その唇と恋愛がカラフルになるという内容のものだった。
一方、Nike傘下のConverseでは、同社のバスケットボールシューズ「Chuck Taylor AllStar」を題材にした24秒のオリジナル作品をアマチュアの広告制作者から募集している。選ばれた作品はConverse Galleryのウェブサイトで公開されることになっている。同サイトによると、「政治色が無く、ポジティブで、独創的で、元気の出る作品であれば何でも可」だという。

 MasterCardも一般を対象に「Priceless」広告コンテストを実施している。参加者は、既製の2つのビデオクリップから1つを選び、さまざまな価格の製品を指定し、シーンに当てはめるセリフを入れる。どの映像も、最後に俳優が見せる幸福の表情がこのコンテストの趣旨である「お金で買えないもの」を表現するようになっている。

 一方、USA Networksは、自分に関することをビデオに撮り、それを「コンピュータの画面から大型スクリーンまで対応できる」作品にしてアップロードする参加者を募集している。
 オンラインとオフラインの両方でMicrosoftの広告コンテストを運営する広告代理店Universal McCannのBrian Monahan氏は、「自分のようなマーケティング担当者にとっては、どんどん広まるおもしろいバイラルビデオを用意し、それがコマーシャルにもなるというのが究極の姿だ」と述べている。「われわれがそのような作品をプロデュースできるかどうかは、私には分からない。しかし私は、若者がベッドのなかで本当に愉快なアイデアを思いついてくれることに期待している」( Monahan氏)
 カリフォルニア州オレンジ郡に済む高校教師のGeorge Masters氏は、2004年にiPodを題材にした作品を制作したが、このビデオは当時幅広く出回り、Apple ComputerによるiPodのコマーシャルよりもオリジナリティに富んでいるとして称賛された。
 Appleがこの広告を実際に認めるようなことはなかった。だが、プロの作品と見まがう出来映えでありながら実際は未許可という広告が生み出す問題に直面する企業が出てくるかもしれない。
 調査会社Carat FusionのGordy Abel氏(マーケティング担当バイスプレジデント)は、「いまでは大手の広告代理店に大金を支払わなくても広告をつくれるようになっている」と言う。「例のファンが制作したiPodの広告は、それを目にした人々が一歩後ろに下がり『メジャーなブランドのためにファンが勝手につくった広告がここにあるが、これはブランドのイメージにピッタリでしかも(作品としての)プロダクションバリューも高い』と言う類の傑出したビデオの草分けだった」(Abel 氏)
 昨年はほかにも、Volkswagen Poloとテロリストが登場し、車内だけしか爆発せず自爆テロに失敗するという不可解な偽の広告もあった。Volkswagenはこの広告への一切の関与を否定した。そして、「このビデオは差別的だ」とする非難を浴びた同社は、このビデオの制作者を提訴する可能性を示唆した。
 「あのビデオは先鋭的で、予測不可能で、おもしろかった。ユーザーがつくった作品を非常にクールなものにする特徴がすべて備わっており、しかもブランドメッセージにもなっていた」とMonahan氏はいう。「たまたま趣味は悪かったが、多くの人の注目を集めたと思う」(Monahan氏)

 最近では、ユーザーの手になるコンテンツを利用しようとして、うまくいかなかった例も出ている。General Motorは先ごろ、Chevy Tahoe SUVの自作広告キャンペーンを実施したが、これを利用して同社とその製品を批判する「広告」を公開した人々がいた。このビデオには、岩山を背景に悪路を走行していく車の映像が出てくるが、画面に表示されるメッセージは、地球温暖化を助長しているとしてGMを非難した内容になっている。GMは米国時間3日にこれに対応し、メッセージがネガティブだというだけでコンテンツを削除することはないと回答した。
 「手作り広告は、ブランドイメージをうまく反映したものなら素晴らしい。だが、こうした広告がブランドの反映に失敗することも同じくらい簡単に起こりえる」と、Ammo Marketingという口コミに重点を置くマーケティング代理店の戦略ディレクター、Gary Stein氏は言う。「個人がビデオクリップを制作する環境がますます整っていくなかで、これは一大現象と化している。一部の企業がそれにさらに弾みを付けようとしていることは興味深い」(Stein氏)
 実際に、こうしたトレンドが「Fast Twitch Media」のようなウェブサイトを生みだしている。Fast Twitch Mediaは、ブランドのコマーシャルを制作してみたいと考える人々を対象にした求職情報用の掲示板のような役割を果たすことになっている。このサイトに提出された作品は、デジタルマーケッターの業界団体であるBay Area Interactive Groupが今年から始めたSan Francisco User-Generated Ad Showというイベントで公開された。
 非営利業界団体Interactive Advertising BureauのCEO(最高経営責任者)Greg Stuart氏は笑みを浮かべながら、「このような状況を広告代理店が喜ばしく思っているとは思えない」と語った。
 同氏によると、マーケッターは、大半の広告がユーザー層にうまくアピールできていない状況をなんとかしようと必死だという。「広告や各種の制作物に関してはかなり調査してきたが、広告の約65%には熱意やメッセージ性が欠けていた」(Stuart氏)
 Chevy Tahoeキャンペーンに示されるように、一般の人々をマーケティングに関与させる場合、企業はリスクも負うことになる。進行を台無しにする破壊活動的な要素に加え、視聴者の制作した広告にオリジナルでないものが含まれていた場合、これが著作権の問題を引き起こすことなどへの懸念もあると、複数の専門家が指摘している。さらに、視聴者には消費者としての個人的な経験はあるのもの、彼らがそのブランドや製品のポジショニング、聴衆のセグメントか、企業側のメッセージといった事柄を必ずしも理解するとは限らない。
 「これがトレンドだとは思わない」と、American Association of Advertising Agenciesのエグゼクティブバイスプレジデント、Mike Donahue氏は言う。「広告主は、常に自社のブランドのユーザーを惹きつけるクリエイティブな機会をさがしている。しかし、ユーザーの手になる広告が今後どれほど成功するのか、そしていつまで使われることになるのかといった点は、しばらく先までわからない」(Donahue氏)
 また、ユーザーのつくる広告に期待している人々でさえ、広告代理店が廃業に追い込まれるようなことにはならないと述べている。
 「広告代理店が大金をかけてつくった、Puff DaddyBeyonceのような人気スターが登場するCMに代わるものはない」とCurrent TVのDecker氏は言う。「ユーザーにはPuff Daddyを雇う金などない」(Decker氏)
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