Web2.0(笑)の広告学 あなたのCMを全米ネットで流しませんか?

個人とマス広告のコラボが始まっている
2007年1月23日 火曜日 須田 伸
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070118/117184/

 アメリカンフットボールの全米プロNo.1を決定する試合、スーパーボウル。今年は2月4日にフロリダ州マイアミで開催されます。毎年9000万人以上がテレビ視聴する全米最大のスポーツイベントであるこのスポーツ中継は、世界で最も高額なテレビCM枠であり、さまざまな広告主と広告クリエイティブのショーケースとしても知られています。

 最近ではTivoのようなハードディスクレコーダーの普及が進む中で、テレビCMはスキップされるのではという声があるのですが、スーパーボウルの中で放送されるCMはむしろ主役の試合以上に注目を集めると言われるほどです。

 昨年のスーパーボウルの中の30秒CM枠の平均単価が250万ドル(約3億円)と言われており、この価格は年を追うごとに上がっています。30秒の映像を1回流すのに必要なお金が3億円ですから、さすが世界一高額なCM枠です。

 せっかく大金を出費しての広告枠なのですから、試合当日よりも前から企業ホームページなどを使って「この製品のCMが今年のスーパーボウルに登場します。ご期待ください」といった事前パブリシティにも活用したほうがいいのではないかと思うのですが、実際には逆の動きがあるようです。

注目されると、かえってネガティブに効く

 つまり、はたしてこの価格に見合うだけの効果があるのかと、社内外の関係者から責められることを恐れるスポンサー企業は事前にスーパーボウルの広告主であることをあまり喧伝したがらない。そんな記事がアドバタイジング・エイジ誌に載っていました。

 目立つために購入したCMのことを、目立たないようにする。なんとも皮肉な話です。

 さらにテレビCMの内容も、大勢の人がブログやSNSで分析、論評するので、下手なものをつくるとかえってマイナスイメージが発生する可能性すらあるというのです。

 そんなネガティブインパクトを恐れてなのか、それとも昨今の「Web2.0」の流れに乗ってなのか、広告のプロである広告会社ではなく、消費者にスーパーボウルで放送するCMのアイデアを考えてもらうという試みが広がっています。少なくとも、お菓子のドリトス、自動車のシボレー、そして試合の主催者であるNFL(米ナショナルプロフットボールリーグ)のテレビCMは、何らかの形で消費者からCMのアイデアを募っており、「消費者参加のプロセス」を経て完成したCM作品が放送される予定です。

NFLのテレビCMは「消費者×ベテラン監督」

 NFLのテレビCMは、昨年の11月にアイデアを一般公募することが発表され、応募を受け付けていたのですが、先日「受賞アイデア」が発表されました。

 「NFLファンも、つらいよ(It's hard for us, too)」というニューハンプシャー州在住の男性、ジノ・ボーナさんのアイデアは、7カ月のシーズンオフの間、週末の暇を持て余す熱狂的なNFLファンたちのみじめな姿を描くという作品なのだとか。

 アイデアは公募でしたが、実際の制作は業界のプロ中のプロが行います。

 監督はCM界の巨匠として知られるジョー・ピトカ氏(Joe Pytka)です。

 全部を消費者にまかせるのではなく、ピトカ氏のようなプロフェッショナルと消費者のアイデアをコラボレーションさせることによって、完成度の高い作品に仕上げ、リスクを軽減しているとも言えます。

 最終的な出来がどうなるのか。それは2月4日に明らかになります。日本のテレビ放送ではアメリカのCMを見ることはできませんが、試合終了後にはインターネット上で公開されるので、数時間の時差でチェックできるでしょう。

 果たして制作プロセスのユニークさに匹敵するクオリティに仕上がるのか、今から注目されます。

CBSYouTubeを使って募集している「15秒メッセージ」

 CMではないのですが、消費者から動画を募集するユニークな試みとしてもう1つ紹介したいのが、アメリカの4大ネットワーク局の1つCBSが動画投稿サイトのYouTube(ユーチューブ)と協力して展開している「15秒メッセージ」です。

 大枠を説明すると「あなたが世界に伝えたいメッセージを15秒の作品にしてYouTubeにアップしてください。選ばれた作品はCBSで放送されます」というもの。

 既にYouTube上には「青年の主張的なストレートメッセージ」から「意味不明なアート作品」まで、いろいろな「15秒メッセージ」が投稿されており、閲覧することができます。

 CBSは、昨年からYouTubeと提携して、さまざまな自社のテレビ番組の素材を「CBS Brand Channel」として、YouTubeで視聴可能にしているのですが、その結果としてYouTube上での人気だけでなく、一部の番組のテレビ放送の視聴率が向上するなど、ネットからテレビへの「視聴者の誘導」という面でもプラスの相乗効果が出ています。

 今回はさらに一歩踏み込んで、CBSで放送する素材をYouTube利用者から募るという、新しい試みなのです。

 1回目の選出作品の放送予定日は、スーパーボウルの開催日である2月4日です。

 2007年2月4日は、CGM(consumer generated media)とテレビのコラボレーションの日として記憶されることになるかもしれません。

CGMとテレビの連動、日本では?

 まだ日本でアメリカのような事例が出ていない理由は複数あると思うのですが、1つには、消費者の関与度合いが高まることによる「計算の立たなさ」を嫌う傾向がまだまだ強いからではないでしょうか。

 計算が立たないことはリスクである一方で、視聴者にとって「予定調和ではないアンバランスさ」という魅力を増す効果もあるので、今後は徐々に日本でも「CGM×テレビ」という動きが活発化すると思います。

 動画素材そのものをユーザーに制作してもらうものから、アイデアだけを募集して制作はプロが行うものまで、具体的な手法はいろいろあると思いますが、何らかの形で「制作プロセス」に消費者に参加してもらい、テレビという強力な発信装置に乗せるという試みは、きっと出てくるでしょう。

 例えば現在放送中のテレビドラマには、もともとはネット上のCGMで生まれたコンテンツが書籍化され、ドラマになったという作品が、「きらきら研修医」「今週、妻が浮気します」など複数あります。過去にも「電車男」や「実録鬼嫁日記」などがありました。ネットとテレビはとりわけ番組内において連携するケースがどんどん増えており、今後この流れがテレビCMにも広がっていくのは間違いありません。

 最後に検索窓が出てきて「続きはネットで、○○と検索してください」という連携以上の踏み込んだコラボレーションが生み出されるはずです。例えば、NFLのようにCMプランのアイデアを募集する、CBSのようにあるテーマに関する映像をホームビデオやデジカメなどで撮影してもらう、あるいは複数の企画からテレビで放送する1本を決定するプロセスに参加してもらう、などなど。

 しかし、手法がいわゆる「2.0」、消費者参加型になったからといって、クリエイティブの結果も素晴らしいものになるか、というと、当然ながらそうとは言い切れないのが、やはり難しいところです。

 プロセスを含めてのエンターテインメントであり、コミュニケーションということもある一方で、どんなプロセスを経ていても最終的な「面白いか、面白くないか」「役に立つか、役に立たないか」に勝る価値はない、というのもまた事実ですから。

「1.0」高品質エンターテインメントへの需要の高まりも

 2006年からの流れで「いっしょにつくる」、「2.0」の勢いは今年も続くでしょうし、広告における新しい試みも増えるでしょう。

 一方で「おもしろい1.0」は「つまらない2.0」に勝つ、という確認作業もまた2007年になされるだろうと思います。

 つまりは「何でも参加型であればいい」ということではない、という至極当然のことなのですが。

 CGMの面白さ、楽しさは、引き続き追求され、一部の秀逸なCGMやそれによる作品がクチコミで広まって話題になる一方で、CGM的要素のかけらもなくても、面白く、強いコンテンツの価値が確認される場面もたくさん出てくるでしょう。強いエンターテインメントが皆の話題になって、クチコミに乗っていく。「1.0」が「2.0」の誘引になる事例も出てくる。

・大量の玉石混交の中で磨かれていく、CGM発掘プロセスから生まれるヒット
・プロのスナイパーの一撃のような、圧倒的なクリエイティブから生まれるヒット

 この2極化の先端事例を、目を見開いて探していこうと思います。